JHONNY BURNETTE R&R TREO

昼間暑かったでしょー 今日お仕事だったヒト オツカレっす
仕事だったヒトも休みだったヒトも
今ごろちべたーいビールでも片手にノンビリされてますか?
お好きなCDでも聴きながらこのブログを読んでくれてると思います

今日はジョニー・バーネット・トリオ!!
ハゲしいなーソレ オクジュン 暑苦しいって? いえ暑い 夏だからこそカツを入れるイミでも
このグループをショーカイするとオレのブログでもだいたいオオマカに
”王道”のロッカーは紹介すんだのかな?

まジェリー・リーとかチャック・ベリーとかまだ大物は残ってマスけど
2005年の情報過多の現在 あとはミナサマのお好み次第 方向性次第

ティーン・ポップがスキなら ニール・セダカやボヴィー・ヴィントン
R&B派のアナタなら ラリー・ウィリアムズやボ・ディドリー
ロカビリー命のアナタなら ジョニー・キャロルやパット・カップ
コーラスでトロケたいなら ファイブ・サテンズやフラミンゴス
和モノ追求したいなら ムーン・ドックスやジョニー・大倉 ビリー諸川・・・

のちのち全部紹介しますが バネット兄弟は基本の基として
やっぱ今ショーカイしておきたい

後世のアーティストに多大な影響をもたらし 多くのロカビリー・キャッツがカバーし
そして意外にあまり知られてない彼ら こんな不遇な扱いってある?
オレはガマンならんのです そーいう処遇 
スマッシュ・ヒットでも人気のあるヤツもいる でもマジメに地道にやってたのに
ジャンルがマイナーだと こーまで扱いがワリいのかよ
オクジュンのROCKBILLY NITE は公平にかつ客観的にヒロいますよー

テネシー州メンフィス 言わずと知れたエルヴィスの聖域だよね
1950年半ば このエリアはロカビリーのメッカだった 

メッカって解る? イスラム教の中心地で巡礼者が多数訪れる 中心地
ロカビリーのメッカはメンフィス 中心地 発祥地 あこがれの地

生粋のメンフィス・ロッカーは「Slip in’」のEddie Bond と Jhonny&Dorsey だけ
兄のドーシーは1932年12月28日 弟のジョニーは1934年3月28日生まれ
地元メンフィスでは今でもロカビリーの誕生日イベントは28日

ドーシが7歳 ジョニーが5歳の頃 父親は彼らにギターをプレゼントした
今までの経緯から言えば コレを大事に使って ギターの名手になるパターンなのだが
コイツらときたら ソレを叩き壊してしまう
そして困った親父さんは 同じモノをもう2台 プレゼントするのだが 今度は放置してしまう

音楽にキョーミなかったんだよね それよりボクシングに惹かれていってた
彼らが高校の頃 弟は地元メンフィスのタイトルを 兄は中南部のタイトルを獲得
アニキの方はボクシング強そうだもんなー ゴツクてさ

もう1人のメンバー ポール・バーリソンは左利き 当時ギターなんてレフトハンド用は無かった
おばあちゃんのカントリー・ピッキングを子供の頃から見て育った彼は
ヒュームズ・ハイ(エルヴィスと同じ高校)に入学し 当時やっていたバンドでは
スラップ・ベースを担当していた 
バーリソンは高校中退後 海軍に志願し4年ハワイに行っていたが メンフィスに帰ってきて
黒人混成アマチュア・バンドのギターとして地元で有名だった
バーリソンはハワイが長かったから違う肌のヒトでも気軽にトモダチになれた
白人が黒人のバンドで演奏 しかもボーカルは黒人 
つまり黒人のバックで白人が演奏してる コレは地元じゃ ケッコー問題になった

何故って? 特にアメリカ南部は人種差別が激しい 
「WHITE」と「COLORED」はトイレが違うんだぜ
もし今でもオレたちがその街に観光に行ったら「COLORED」のトイレで用をしなきゃいけない

バーリソンは腕っぷしを試すためにアマチュアのボクシングの試合に出る  
ソコの控え室でドーシーと知り合う
「オレはドーシー・バーネット スチール・ギターとギターが弾けます 弟のジョニーは歌と
少しならギターが弾けます アナタのバンドのファンです アナタのギターはイイ感じですよね」
「オレのギターのフレーズは一緒に演ってるブルースマンから教わったものだよ」
「あそうだ 今度オレのバンドと一緒に演らないか? まもっともソレなりの覚悟はいるれどな」
「喜んで」
コレがジョニー・バーネット・ロックンロール・トリオの誕生だった

メンフィスWHBQ曲の人気DJ デューイ・フィリップスの人気番組
Red Hot’n’Blueは既出のアラン・フリードのメンフィス版
この番組でエルヴィスのThat’s All Right がベビー・ローテーションがかけられる前に
実はバーネット・トリオは出演しアップなハンク・ウィリアムス・ナンバーを生演奏していた

彼らの最初のシングル・カットはミシシッピVONレコードから
Go Along Mule / You're Undecided  ゼンゼン売れなかった
そのプロモ・ライブを地元の中古車販売会社でやっていたのだが
ソコにエルヴィスが1人でフラッと立ち寄り ステージに上がり2曲程歌っていったらしい
地元じゃ時期を同じくしエルヴィスとバーネット・トリオは当時人気があった
音楽活動はバネットのほうが少し早かったみたいだ

その数ヶ月後 エルヴィスもSUNレコードからデビューするんだけどね
でバーネット達も 地元SUNレコードにレコードの製作を依頼するのだが
社長のサム・フィリップスは彼らがエルヴィス・スコティ・ビルのブルー・ムーン・ボーイズに
あまりにも 似ていたので オーディションを失格とした

結局デッカ・レコードの子会社 コーラル・レコードからデビューするバネット・トリオ
1956年5月7日のハナシ このトキのレコーディング秘話を

最初コーラルのプロデューサーはロックンロールについて無知だった
32人のオーケストラをつけた 
「ノー・これじゃダメ 悪いけど全員解散」 ギターのバーリソンはドラムス以外の31人を
レコーディング・ルームから外させ
残ったドラマーのエディ・グレイに「ブラシで叩くのは止めてくれないか」
「思いっきり叩いてくれ 上手くなくていいんだ」と頼んだ
「そんな叩き方をしたらドラムが壊れてしまうよ」 無理もない オーケストラのドラマーだから
とうとう彼はスネアを叩く代わりにプラスティックのドラム・ケースを叩きはじめた

そしてバーリソンはギター・アンプのエコーを抑えトレブルのつまみをイッパイ右に回した
高音域ばかりが強調され刺すようなトーンのその音は決して良い音ではなかったが
独特のアンサンブルを形成していたのだ

ワイルドで独特の空気をもつバーネット・トリオが当日録音した曲は5曲
その中に"Midnight Train" "Trar it Up" "Oh Baby Babe" がある

翌月 6月 CORAL61651 Tear It Up / You're Undecided が発売
ソレと同時に北米ツアーを敢行 ディック・クラーク・ショウやスティーブ・アレン・ショウにも出演
人気は北米を中心に火がつき始めていた

翌月 7月 CORAL61675 Oh Baby Babe / Midnight Train が発表
Oh Baby Babe はエルヴィスのBaby Let's Play House がモチーフになっているのは
あまりにも有名 
でもBaby Let's としてレコーディングしなかったのかは いかにエルヴィスを意識してたか

その後1956年7月から次のレコーディングが始まり
名曲Train Kept A Rollin'
Honey Hush
Rock Therapy
Rock Billy Boogie
Lonesome Train
Sweet Love On My Mind
Your Baby Blue Eyes 他アウト・テイク含め19曲を吹き込む

あるライブでバーリソンはフェンダーのギター・アンプを謝って落としてしまう
真空管を止めているトコが壊れヒズんだ音になってしまった
その後そのアンプは修理に出すが ヒズんだ音をワザと出すトキ 真空管をゆるめて使うように
そして バーネット・トリオ最大の特徴 オクターブ奏法
ギターの弦1,6弦を親指と人差し指でツマむように弾きスライドさせる 例のアレ

上記のロカビリー・クラシックスは皆さまにもオナジミのナンバーだが
Rock Billy Boogie ばロバート・コードン
Your Baby Blue Eyes はストレイ・キャッツがカバーしているので有名です
また
Sweet Love On My Mindについて言えば白人ヒルビリー・デュオ
Jimmy&Jhonnyのバーションが有名だが録音日はジョニーが7月5日
ジミジョの方が7月25日
コレだけ見ると 「なんだ」って思えるが
実はジミー&ジョニーのデモ・テープを聴いてバネット・トリオが先に録音したのが実話です

このセッションの模様は1956年12月 彼らの活動中唯一の12インチLPとなる
「Jhonny Burnette R&R Treo / SAME TITLE CORAL57080」
この12インチのオリジナル盤は恐らく現存するロカビリー・レコードの中で一番高い
ロカッツやアリゲイターズやロカビリー・レブスなんてメじゃないから

10年くらい前に横浜のあるレコード屋さんに250,000円で出てたけどすぐ売れちゃったらしいオレも死ぬまでには 手に入れて 針を落としたいって思います

その後もジョニー・バーネットはソロになりCHANCELLER REPRISE などレコード会社を
転々としホップスの名曲Dreamin’などを発表
兄のドーシーはリバティ キャピトルなどに在籍しカントリーの名曲The Greatest Love
なんかを発表するも
やはりバーネット・トリオはコーラル時代が最高 最強
今でもロカビリーのファンにとってみればエルヴィスよりも人気が高い
荒々しい歌い方 スラップの入り方 ギターのワイルドさ 
オトコっぽいロカビリーが聴きたいなら迷わず バーネット・トリオから
JHONNY BURNETTE R&R TREO_c0040110_23402256.jpg

オレの持ってるこの7インチのシングルと同じデザインの12インチは今じゃ40万円!!
by hey.onetwo-okujun | 2005-06-19 23:43
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